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仙台高等裁判所 昭和63年(ネ)39号 判決

控訴人兼附帯被控訴人(第一審被告、以下「控訴人」という。)

船引町

右代表者町長

安瀬明雄

右訴訟代理人弁護士

渡辺健寿

被控訴人兼附帯控訴人(第一審原告、以下「被控訴人」という。)

菅野俊夫

被控訴人兼附帯控訴人(右に同じ)

菅野とも子

右両名訴訟代理人弁護士

折原俊克

主文

一  本件控訴に基づき

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

二  本件附帯控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

主文同旨

(被控訴人ら)

一  控訴の趣旨に対する答弁

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  附帯控訴の趣旨

1 原判決を次のとおり変更する。

2 控訴人は、被控訴人ら各自に対し、金一六〇〇万円及び右金員のうち各金一五〇〇万円に対する昭和六〇年三月一一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

3 附帯控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の主張及び証拠の関係〈省略〉

理由

一当裁判所が、本件事故の発生及び本件防火水槽の設置の状況として認定するところは原判決八枚目表二行目から九枚目表七行目まで及び同九行目から一〇枚目表一〇行目の「設置されている。」までのとおりであるからこれを引用する。

二被控訴人らは、本件防火水槽の設置場所等に照らせば、周辺の低年令の児童、幼児が右水槽付近を遊び場所とし、ひいては右水槽内に入って遊ぶことが十分予測されるものであるから、右水槽の付帯(安全)設備としての防護柵は、より高くするとか上部を外側に反らせる構造(いわゆる忍び返えし)にするとかあるいは上部に有刺鉄線を張るなどして防護柵へのよじ登りや乗り超えを困難ないし不可能ならしめる措置を講ずるか、さもなくば右水槽上部を金網で完全に覆うなど(全面ネツト型の防護柵)水槽内部への侵入、転落を防止する措置を講ずるべき安全対策が必要であったというべきところ、右水槽に設けられた防護柵はこれらの設備を具備しないものであったから、公の営造物たる本件防火水槽の設置、管理には瑕疵があり、これが原因で本件事故が惹起した旨主張するので右主張の当否を判断する。

三ところで、国家賠償法二条一項は、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があった場合にはその設置、管理者たる国、公共団体等に損害賠償責任がある旨を定めているが、右の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていると解され(最高裁昭和四五年八月二〇日判決・民集二四巻九号一二六八頁参照)しかして営造物が通常有すべき安全性を欠いているか否かは、当該営造物の構造、用法、場所的環境等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきところ(最高裁昭和五三年七月四日判決・民集三二巻五号八〇九頁参照)、前記認定の事実によると、本件防火水槽の周囲には地表から高さ約1.1ないし1.2メートルの金網防護柵がはりめぐらされ(なお引用にかかる原判決挙示の証拠によれば右水槽の周囲はコンクリート造りで、これを土台にL字型鋼が柱として建てられ、右柱をつなぐ形でフェンス状の金網がはりめぐらされているもので右構造は堅固なものであることが認められる。)、児童幼児においては金網に足をかけてよじ登らない限り右柵を超えられず、また相当身長のある大人であっても過失によって本件防火水槽に転落することは防止するに足るものであること明らかであり(以下右柵を本件防護柵という。)、しかも右柵の目につきやすい箇所に小学生程度でもわかるように右水槽が危険であることを警告する表示板を掲示するなどの措置がとられていることを考慮すると、本件防護柵はその目的である転落防止の機能に欠けるところはなかったというべく、更に亡優子(昭和五三年二月六日生。事故当日満七歳で小学校一年生から二年生になる直前であった。)は本件防火水槽の周辺で遊んでいる最中に右水槽に転落したものではなく、武田早苗を救助せんがためとはいえ本件防護柵の金網に足をかけてよじ登ってこれを乗り越えた結果水槽内に転落水死したものであって、同女の行動は本件防火水槽ないしは本件防護柵の本来の用法に即した行動ということはできないから、同女の本件転落死亡(溺死)事故は本件防火水槽の設置管理者である控訴人において通常予測できない行動に起因するものであったということができる。また右のとおり本件防火水槽周辺から右水槽への転落防止策としては、本件防護柵の設置をもって足りるものである以上、本件事故との関係においては、被控訴人らの主張するごとき、水槽内への侵入防止のためのより高い防護柵、忍び返えし、有刺鉄線等の設置あるいは水槽内への落下防止のための全面ネツト型の防護柵(網)等の設置がなかったからといって本件防火水槽の設置管理について瑕疵があったということはできない(そもそも本件防(消)火用の貯水槽のごとき営造物は平常時においてはその危険性はもとよりその衛生面等などからみればその管理においては無用かつ厄介視されるものではあるが(その営造物の性質上人家ひいては人の蝟集する場所への設置が要請され、その容積も大きく、したがって深いことが必要でしかもそのうえ緊急事態に備えるため消火活動に便なることが求められるなど)、しかし火災の発生は人びとにもたらす不幸の最たるものの一つであって火災の発生が少なくない我が国の現状からして好むと好まざるとにかかわらずその設置は住民の福祉にとって必要不可欠であり、そのもたらす利益も少なくないという観点からみれば防火水槽等の本来の用法から通常予測される危険の防止はその設置管理者側において負担すべきではあるが、回避することが可能であるべき、本来の用法に即さない行動の防止ないしはその行動から生ずる危険の負担は、右営造物の設置によって利益を受ける個々の住民やその保護者等において負うべきものである。

なお本件周辺において他に児童等の遊び場所がなくその遊びとして本件水槽への立入り等が日常化していたとすれば右児童等の行為ないしはその行為から招来する危険はその設置管理者側において予測可能というべくその行為の防止ないし危険の負担は控訴人において負うべきものであるが、本件においては右児童等の立入りの日常化ないしは付近住民による控訴人に対する本件防護柵の安全性欠如についての警告あるいは設備改善の要望がなされたことを窮うに足りる証拠はない。)。

そうだとすれば、営造物たる本件防護柵を含む一体としての本件防火水槽につき通常有すべき安全性を欠いていたものということはできず、亡優子のした通常の用法に即しない行為の結果生じた事故について、控訴人はその設置管理者としての責任を負うべき理由はないというべきである。

以上のとおりであるから被控訴人らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がなく棄却すべきである。

四よって被控訴人らの請求を一部認容した原判決は相当ではないからこれを取消すこととし、民訴法三八四条、三八六条、九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官岩井康倶 裁判官松本朝光裁判長裁判官伊藤和男は転任のため署名捺印することができない。裁判官岩井康倶)

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